訃報

2012 年 4 月 26 日

去る4月22日 9時24分。

父・浩一が他界致しました。

享年81歳でした。

約4年間に渡り、

肺癌の治療に励んでおりましたが、

最後は家族に見守られながら力尽き、

安らかに、穏やかに、息を引き取りました。

父が生前お世話になった全ての方々へ、

心より御礼申し上げます。

明日からは

約7日間のレコーディングを控えており、

只今は準備に追われております。

よって改めて、

仕事の方が一段落してから、

父の想い出を

少しずつ綴ってみようと思います。

まずは御報告と御礼まで。

 

父の冥福を一人でも多くの方々に

祈って頂ければ幸いです。

合掌

謹賀新年 2012

2012 年 1 月 2 日

あけましておめでとうございます。

今やこのブログも

年始や誕生日のみの更新となり、

もはや自分でも呆れてしまうほどの

管理状態となってしまいました。

が、もしや万が一にも、

ホーム・ページ上でのブログ更新を

心待ちにしていらっしゃる方が

世界の何処かにいらっしゃるのならば、

心からお詫び致します。申し訳ございません。

さて、

昨年の震災を思い起こせば、

戸惑いを感じてしまうほど、

年越しを身に余る幸福に包まれながら迎え、

新年への抱負に胸を躍らせつつ初詣へと出かけました。

すでに家内のブログ上にてご報告させていただきましたが、

昨年末26日に、長女を授かりました。

産後も母子共に健やかな日々を過ごし、

大晦日に無事、退院の運びとなった次第です。

4年間に渡って肺癌の闘病中である父も、

入院先から一時帰宅を許可されるほど回復し、

年末年始は自宅で家族に囲まれながら、

新年を迎えることが叶いました。

長年に渡り仕事上のパートナーである

辣腕女性マネージャーも、

末長い幸せを育むであろう彼との新しい人生をスタートさせました。

重ねて昨年に引き続き今年も、

生き甲斐や手応えを感じる仕事に恵まれております。

という次第で、

2012年を迎えるにあたり、

ボクは身に余る幸福感を家族、

大切なスタッフや友人達と分かち合いながら、

新年を迎えることとあいなりました。

きっと今年も、

自分を支えてくれる人への想いから沸き出でる

愛情、責任感、連帯感、創作意欲が、

ボクを導いてくれることでしょう。

何卒、本年も宜しくお願い申し上げます。

1人でも多くの方々にとって、幸多き一年となりますように。

 

岩代太郎 拝

46年目の抱負

2011 年 5 月 2 日

5月1日。

今年も無事に誕生日を迎えることが出来た。

3月の震災を経た今、

一層この幸せを深く感じる。

例年では、

「誕生日は産んでくれた母に感謝する日」

とするパーティーなどを催していたが、

時節柄を考慮し、

こういった集いは一切行わず、

さらには誕生日の

前後約10日間(4/245/4)が

仕事のスケジュールと重なった事情から、

連日連夜に及ぶ

レコーディング・スタジオでの

作業に追われるがまま、

深夜のスタジオで淡々と誕生日を迎えた。

母にも会えず、

甥とも戯れず、

家族とも過ごせず、

友達に囲まれることもなく、

無論、家内との抱擁もなく、

仕事三昧の誕生日となった次第である。

がしかし、

日本中が何となく元気を失っているかのように

見受けられる現状を踏まえれば、

まずはこの時期に

大掛かりな音楽制作に関われる

作曲家としての喜びを

素直に、そして謙虚に噛みしめたい。

因みに

現在レコーディング中の音楽は、

今夏に全国で劇場公開される

アニメーション映画「鋼の錬金術師・嘆きの丘(ミロス)の聖なる星」で

使用するサウンドトラックである。

この作品については、

追って改めての機会に詳しく述べることとするが、

ともあれ、

来月には関西エリアで、

人生初の自作自演によるオーケストラ・コンサートも

予定しており、

改めて46年目の抱負はと問われれば、

ただひたすらに、

目の前の仕事へ真摯に取り組みながら、

様々な仕事を通して、自らの想いを音楽に託し、

その想いが一人でも多くの方の心に

新しい調べと共に届くよう祈るばかりである。

「音楽は心ある所にある」と信じ

46年目の歳月も精一杯生き、

多くの方々と共に謳歌したいと思う。

 

「みなさんに幸あれ」

「母さん、産んでくれてありがとう」

 

謹賀新年2011

2011 年 1 月 1 日

 

新年明けましておめでとうございます。

 

昨年は例年になく仕事のペースを控え、

「家族」について深く考える年としました。

父の肺癌治療も3年目に突入し、

一段と家族の絆を強めることとなり、

今一度立ち止りながら、

自分の在り方や人生を見つめ直す事で、

大変意味のある一年になったと

満足しています。

 

今年は、

初めて自分の名前がクレジットされた

仕事から20年目を迎えます。

さしずめデビュー20周年目、

とでも申しますか。

ふと気がつくと、

昨秋には自分の会社を

辣腕女性マネージャーと

二人三脚で立ち上げてから

早いもので丸10年が過ぎました。

これも一重に、

日頃からボクの音楽を

ご愛聴いただいている皆様と、

ボクの音楽を一生懸命に

支えてくれるスタッフ達のお陰であり、

心から感謝しております。

 

今年は仕事のペースも

例年通りに戻し、

5年振りとなる

オリジナルCDアルバムのリリースや

久しぶりのオーケストラ・ライヴなどで

皆さんにお逢いする機会もあろうかと存じます。

 

2011

皆様と共に心豊かなひとときを

満喫できるよう願っております。

どうか宜しくお願い申しあげます。

 

 

岩代太郎 拝

謹賀新年2010

2010 年 1 月 4 日

あけましておめでとうございます。

短い正月休みを終え、

本日より仕事をスタートさせました。

旧年中は

沢山の方々からお力添えを賜りながら、

ようやく2009年を乗り切ったボクですが、

本年も引き続き、

皆様のお力添えを賜りたく存じます。

何卒、

仲良く楽しく明るく宜しく

お願い申しあげます。

 

因みに、

今年の抱負は、

昨年に引き続き、

「人道的ダイエット」です。

 

新年の足音

2009 年 12 月 31 日

あっという間に過ぎ去った

2009年もあと数時間。

歳を重ねる度に一年が短く感じるのは、

誰しもが実感するところでしょう。

今年も多くの方々に支えられながら、

多忙と責任感に追われる日々を

乗り越えることが出来ました。

お世話になったお一人お一人に

心から感謝いたします。

昨日が今年の仕事納めとなり、

大晦日の今日は、

昼過ぎまで寝ました。

緊張の糸が途切れたのでしょうか。

今朝は目覚めると、

軽い頭痛や微熱に加え、

喉の痛みも激しく、

せっかくの年末年始も、

ゆっくりと静養することになりそうです。

我ながら、

今年も良く働いたなぁ、と

感慨に耽りつつも、

情けない大晦日となりました。

 

来年も引き続き、

宜しくお願い申し上げます。

 

皆様、どうか良いお年をお迎え下さい。

 

岩代太郎 拝

 

付記

マネージャー共々、

師走の多忙に追われ過ぎ、

年賀状での御挨拶が、

三が日明けとなります。

何卒ご海容の程、

お願い申しあげる次第です。

振り返る2009年

2009 年 12 月 14 日

44年目の人生を迎えた今年も、

気がつけば残りわずかとなり師走である。

作曲家としてのキャリアを考えるに、

これまでの歳月そして将来へと

想いを寄せれば、

すでに「量」ではなく

「質」にこだわり責任を負うべき

時期であると痛感する。

だが、それにしても今年はよく働いたと思う。

我ながら、体力の限界を感じつつも、

充実した一年であった。

本心を申し上げれば、

一昨年末から昨年秋まで関わった

映画「レッドクリフ」の音楽制作。

その後も休むことなく

怒涛の如く突入した数々の仕事。

まさにこの27ヶ月間程のスケジュールは

自分を自分で表彰したいペースであった。

この期間に手がけた数々の仕事において、

それ相応の「質」を創作しえたかどうかは、

リスナーやクライアントの方々の

ご判断に委ねるが、

この不況が声高に叫ばれる昨今にあって、

作曲家として活動出来る機会を

数多く得られたことは、

何よりも幸せなことであり、

光栄な事だと思っている。

改めて関係者の方々には

心からの謝意を表したい。

きっと来年も数多くの仕事を通して、

多くの方々と出逢うことだろう。

実に楽しみである。

国内外を問わない

仕事の機会にも恵まれそうである。

音楽業界以外での

仕事をするチャンスも頂けそうな気配である。

5年振りに、

CDアルバム「TACT」以来の

ニュー・アルバムもリリースしたいと願っている。

甚だ私事ではあるが、

昨年から肺癌の療養中である父も、

迅速かつ適切な治療が功を奏し、

未だ元気に日々を過ごし、

来春には両親が金婚式を迎える。

両親の金婚式を祝う為、

久しぶりに

故郷の熊本へ足を運ぶ予定もある。

まさに今から胸躍る2010年に向けて、

残り少ない年内に

ラスト・スパートをかける。

因みに今年・師走のボクは、

12月25日のクリスマス深夜まで、

今年最後のレコーディングを

都内のレコーディング・スタジオで行い、

26日の夜は

身内のスタッフや仲間ら総勢18人ほどで

極上の焼き肉に舌鼓を打ちながらの

忘年会を満喫し、

27日から数日間は

年忘れゴルフや宴会に興じながら、

きっとデレデレ&ダラダラしたままで

あっという間に年越しをする。

(でも、三ヶ日明けからは猛烈に仕事しますから、、、。)

皆さんの2009年は如何でしたか。

来年も引き続き、

一人でも多くの方に

ボクの作品に耳を傾けて頂ければ幸いです。

晩秋に想う

2009 年 11 月 23 日

先日は天皇陛下即位20周年を記念し、

皇居前広場にて催された式典において、

祝典曲を依嘱され無事に初演を終えた。

右や左といった政治思想を反映させず、

一人の国民として、一人の音楽家として、

この機に最もふさわしいと思う楽曲を作曲させて頂いた。

3部構成による演奏時間14分ほどの楽曲は、

以前から知人であった秋元康さんの作詞による歌、

エグザイルのメンバーによるダンス・パフォーマンスなど、

彼らの才能を余すことなく表現出来る盛り沢山の内容となり、

当日も天皇陛下や皇后陛下をはじめ、

関係者の多くにお喜び頂けた様子に、

ほっと胸を撫で下ろし光栄であった。

式典の翌日には、

天皇陛下主催のお茶会にお招きを賜り、

人生で初めて皇居内に足を運び、

天皇陛下と前日の式典に関しての

お話をさせて頂いた。

先々週末からは、

映画「なくもんか(水田伸生 監督作品)」が

全国で劇場公開の初日を無事に迎えた。

先週末からは、

映画「RED CLIFF(ジョン・ウー 監督作品)」が

いよいよアメリカで劇場公開をスタートさせたようだ。

この11月。

ボクは誠に晴れ晴れとした気持ちで充実した晩秋を過ごしている。

とはいっても、

この2~3週間は自宅スタジオに籠り、

ほとんど日光を浴びることもなく、

日夜オーケストラ作品を手掛けている。

それにしても昨年から今年にかけて、

オーケストラ作品を手掛けることが多い。

一体、オーケストラ用のスコアを何ページ書いたことだろう。

考えただけでもゾッとする。

残すところ今年もあと40日ほど。

我ながら今年もよく働いたと感無量気味の晩秋である。

現在進行形リポート

2009 年 10 月 13 日

ボクはゲームをしない。

日頃から全くしない。

無論、自宅にはゲーム機器すらない。

そんなボクなのに、、、。

只今、海外制作のネット・ゲームに関わり、

来年に全世界へ配信される予定の

ネット・ゲームにおける音楽を担当した。

ゲームに縁のない生活をしているボクですら、

その制作規模の大きさに驚くほどである。

おそらく配信が始まれば、

瞬く間に何十万、いや何百万人もの人々が、

全世界で夢中になるであろうゲームらしい。(関係者談)

天文学的な時間と予算をかけ、

スタッフは一丸となって制作しているようだが、

その詳細はタイトルと言えども、

決して決して口外しないよう、

制作会社と交わした契約書において厳禁されている。

だから何ひとつ、ここで述べるわけにはいかない。

本当にゴメンナサイ。

何はともあれ、

年内はこの仕事を中心に、

スケジュールを組みながら、

他の仕事もこなしていく事となる。

 

というわけで、ボクはすこぶる元気です。

 

余談ですが、

最近何故か、デブなボクなのに血圧が低めで

ちょっとだけ困っています。何でだろう、、、、?

気まぐれ談

2009 年 8 月 22 日

随分とブログのアップが久し振りとなります。

申し訳ございません。

とにかく今年も例年の如く、

多忙を極めたスケジュールを抱えております。

しかしながら不況の嵐が吹く世情を思えば、

仕事に追われる日々は

本当にありがたく思います。

ボクの知る限りでは、音楽業界、映画業界、放送業界、

いずれも不況の度合が高まる一方の様相を

呈しているかのように見受けられます。

そんな中で、最近身の回りで起きた

ささやかながらも嬉しかった出来事を

記してみようと思います。

一カ月半ほど前のことでしたか、

ボクが唯一定期購読している雑誌「Newsweek」に

「世界が尊敬する日本人・100人」という特集が組まれました。

とある日の午後、

雑誌をペラペラとめくる家内との会話です。

家内 「太郎さんもいつかこういう特集に

     名前が出るようになるといいね。」

ボク 「馬鹿だなぁ、ボクの名前なんかあるはずもないだろう

    アハハハ。どれ見せてごらん。」

ボク「、、、、、え?!、、、ええええ?!」

というわけで、

鼻からボクの名前などないと

思いこんだ家内を尻目に、

しっかりと自分の名前を

特集記事の片隅に

見つけたボクなのでした。

身分不相応ですが、

ちょっと予想外の出来事だったので嬉しく思いました。

自慢話のようで申し訳ありません。恐縮です。