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「あの時の一品」

都内の大塚という街のはずれに、四十年以上にわたり“極旨(ごくうま)”のネタを握り続けている 寿司屋がある。今から三十年以上も前のこと、この名店の常連に大の寿司好きであるボクの父もいた。 当時、寿司はもう少し庶民的な味わいであったらしく、作曲家である父はNHKのレギュラー番組収録を 終える度、毎週の如く仕事仲間と共に足を運んでいた。小学生になったボクは生意気にも、父に連れられ この店の暖簾(のれん)をくぐり、極上の味わいに舌鼓を打っていた。もう、うれしくて、思わず大トロから頼んでしまった。 数年後、ボクも作曲家として独り立ちし、やっと自分の財布を手に暖簾をくぐれるようになると、いつしかその向こうには二代目の若旦那がキリリと立ち、「若先生!」と迎え入れてくれた。今度は少々、居心地の悪いような恥ずかしいような思いであった。ともかく、先代が握るネタで寿司の美味を知り尽くしてきた父だか、ボクもこうして今、NHK大河ドラマの仕事を終えると、時折二代目が握るネタで、自称美食家のひとときを満喫し、父以上の寿司好きとなったのである。

December, 2000 岩代太郎
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