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「ありがとうサボテン先生」
つい先日、東京は日比谷にある日生劇場にて「ありがとうサボテン先生」という舞台が初日の幕を上げました。 年明けからの約2ヶ月間に及ぶ音楽制作期間を経ての初日。さすがにホッと胸を撫で下ろしながら、その日の帰路に着いた時の想いは数日が過ぎ去った今でも、その余韻が胸の奥に漂っています。皆様も機会がございましたら是非、 日生劇場へ足を運んでみて下さい。千秋楽は3月28日です。 というわけで、今月はその「サボテン先生」のプログラムに掲載したコメントをそっとここでお見せすることにします。
「祖父から父、そして息子へ」「本はおもしろくなくてはならぬ。学校は楽しくなくてはならぬ。」「学校は建物より人(教師の質)である。」 「クラブ活動は人間性の育成に大切な場であるがゆえに、授業よりも軽視してはならない。」「PTAの連帯。教職員人事のバランス。学校マンモス化への対策。以上の三条件のいずれかが不足しても 学校教育は衰退する。」「テストは教師の指導力を検証する為に必要なものであり、生徒の優劣を定める為のものであってはならない。」 「劣等感やエリート意識を与えるのは劣等教育である。」「体罰は指導力不足の現れである。」「情操教育とは一口に言えば心の栄養源である。」 「衝動は才能の入り口であり、衝動を持続させられるものも才能の一部である。」「情操教育は、感性・技術・理論の順に育まれるべきである。」
約55年前、敗戦と共に日本の教育界は軍国主義から民主主義による新しい教育制度や理念を模索し始めました。そして僕の祖父は、戦前戦後を通して激動の変化を遂げた日本の教育界へ、その生涯を捧げたのです。その祖父に育てられた僕の父親は、大学を卒業した後に一端は教職に就いたものの、数年後には作曲家への夢をあきらめきれずに上京し、作曲家としての人生を歩み始めました。小学生の僕は夏休みや冬休 みになるとすぐに郷里の熊本へ帰郷し、国文学者であり、校長先生でもあった祖父から教わる、普段の学校とはひと味違った「課外授業」を心待ちにしていました。一方、日頃の東京では、父に連れられ様々な コンサートや映画、そして芝居を満喫し、帰宅後はしばしば興奮のあまりに寝付けぬまま朝を迎えたものでした。そして今回の「ありがとうサボテン先生」が初日を迎える日生劇場へも当時の日生劇場で公演されていた舞台音楽を時折手掛けていた父と共に幾度と無く訪れていたものです。日生劇場の楽屋へと足を運ぶのは恐らくあの頃から約25年振り。そう思うだけでも感慨深い想いが胸にこみ上げてきます。冒頭 に記した数々の言葉は全て祖父や父の言葉です。今にしてみれば当たり前の事かもしれませんが、この当たり前の事を実践していく難しさを戦後間もない頃から唱えていた言葉として今一度耳を傾けると、これらは現代へ通じる言葉としても心に響く気がいたします。いわば、祖父や父は小学生の僕にとって、肉親であると同時に教育者でもあったのです。故に教育者としての顔を持つ祖父や父に導かれ育てられた僕は、後に教育者としての人生に強い魅力を感じ惹かれながらも、その魅力を振り切って作曲家への道を選びました。そんな僕にとっては言うまでもなく、今回の日生劇場デビューとなる「ありがとうサボテン先生」 はきっと生涯を通じても忘れられない仕事(作品)となることでしょう。改めて、この舞台を通じて出逢えた皆様への誠意を胸に抱きながら、敬愛して止まない今は亡き祖父と今も相変わらず意気軒昂な父へこの舞台で奏でられる数々の調べを捧げたいと思います。最後に余談ではありますが、もしいつの日にかこの僕に輪廻転生が訪れるとしたら、次の人生は迷わずに祖父や父やサボテン先生の様な教育者としての道 を目指したいと願っています。「人は自分自身だけで心の琴線を響かせることは出来ませんが、音楽はいつでも心ある所にあり、感動はいつでも人と人の間にあるのです。」
Spring in 2002 岩代太郎
© 2007 Taro Iwashiro